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最高裁判所大法廷 昭和23年(つ)4号 決定 1948年11月15日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告理由第一點について。

所論本件被告人の上訴權の抛棄に關し錯誤のあったことは左の事由により之を認め難い。即ち(一)昭和二十ニ年九月十七日の第一審判決宣告のための公判期日の調書によれば、當日判決の宣告があった後、被告人は上訴權を抛棄する旨の陳述が爲されているのである。しかるにその後同年九月二十日附被告人から第一審裁判所に提出した上申書によると「判決の言渡のあった際自分は頭が混亂していて深く前後を考えることをせず淺墓にも判事殿のお尋ねにより判決に異存なき旨をお答え致しましたが云々」と記載されているのである。然らば這は單に被告人が輕卒に上訴權の抛棄をしたから、之を取消して更に上訴申立をすることを許容されたいと謂うにあるのであって、所論の如く被告人の本件上訴權の抛棄が被告人の錯誤に出でたものであることは之を認むることができないのである。(二)加うるに記録の全般から之を考えるのに、(イ)公訴事実はすべて被告人の認めるところであって、而して第一審における辯護人の辯論の要旨は檢事の求刑(求刑懲役八月及び罰金五萬圓)に對し、出來るだけ輕い罰金刑と執行猶豫の判決ありたしと述べており、その判決の結果は罰金額こそ求刑どおりであったが、八月の懲役刑については三年間の執行猶豫の言渡が爲されているのである。又(ロ)右判決宣告日即ち被告人が上訴權を抛棄する旨を述べた當該公判廷には、中沢辯護人(本件抗告人)は現に出廷立會していた事実は、公判調書に依り明らかであって、從って若し本件被告人の上訴權抛棄の陳述が所論の如く錯誤であるならば、辯護人として即時上訴權抛棄の意義効果等を被告人に告げ、直ちにその抛棄の撤回を爲さしめたであろう。然らば以上各事実の經過から推すと本件上訴權の抛棄には所論のような錯誤があったものとは到底判斷することはできない。然らば被告人が一旦上訴權を抛棄すれば之に因って上訴權は消滅し、爾後更に上訴をすることができないことは刑訴第三八六條の規定する所である。されば本件上訴權の抛棄が錯誤に基づくものなることを主張して之が抛棄の取消を理由とする所論は理由のないものである。從って原決定が上訴權消滅後の控訴申立として抗告人の抗告申立を棄却したのは正當であって、亳も憲法第三二條に違反するものでない。論旨は理由がない。

同第二點について。

按ずるに刑訴第三七九條に所謂原審における辯護人は同第三七八條の被告人の法定代理人保佐人等と異なり、被告人の明示した意思に反して上訴することはできないのである。從って本件において被告人が上訴權を抛棄した以上、假令法定の上訴期間が殘存し從ってこの殘存期間内と雖も最早や辯護人が上訴をする譯にはゆかないことは當然の理と謂わねばならぬ。尤も所論憲法第三四條第三七條第三項は被抑留者若くは被拘禁者又は被告人に直ちに辯護人を附する權利を保障し、從って辯護人は之等の者の人權保護の萬全を期する爲め法令上種々の權義を有する所ではあるが、さればと云ってそのことから當然に刑訴法上辯護人に被告人の法定代理人又は保佐人と同樣に被告人の明示した意思に反してまでも無制限に上訴權を認めなければならぬとの論結には到達し得ないのである。換言すれば新憲法実施後は憲法第三四條第三七條第三項等の規定により刑訴應急措置法第二條の規定に則り刑訴第三七九條を同第三七八條と同樣に變更解釋し辯護人にも無制限に上訴權を認めなければ上示憲法の右法條に反するものとは謂い得ないのである。蓋し上訴權行使の結果は、被告人に經濟的並びに精神的の負擔を伴わしめ、又時には自由の拘束をも繼續せしむるものであるが、此場合被告人に對する法定代理人又は保佐人の地位及び關係と、辯護人の地位及び關係とは全く異なるものであることを考えれば、此一事だけによっても自から以上の理を領得することができるであらう。されば本件被告人の上訴權抛棄後の辯護人の控訴申立を無効なりとしたる原決定には所論指摘の如き憲法違反乃至法令の解釋を誤解したる違法等亳もなく、論旨は理由なきものである。

仍って、刑事訴訟法第四六六條第一項後段の規定により主文のとおり決定する。

此の決定は裁判官全員一致の意見に依るものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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